いつだってキラキラ

好きと可愛いと幸せに溢れた言葉たち

あの陽の光の指す方へ

怒涛の1週間だった。

一瞬で1週間が過ぎ去った。

こうして気がついたら2年の月日が経ってしまうのではないかと思ったら、それは本当に恐ろしいこと。なんて考えたら、ほらまた寂しくなる。

 

 

 

 

 

私がこの世で一番大切に想ってた存在が、とても大きな決断をした。

 

その決断が決行されるのは2年後、いやもう1年と11ヶ月を切ったところだ。

 

遠いようで近い、そんな期間だと思う。

 

 

 

 

なぜだか、私の好きな人達が大切なお知らせをしてくるのは、私が1年の中で数回ある多忙期間であることが多く、今回も例外ではなかった。

この怒涛の1週間は、自分のすべきことに追われていたために一瞬に感じたのが本当のところだろう。そんなこともあって、余計に思い悩ませて精神的におかしくなることもなくて逆にこの期間がありがたかったくらい。もちろん、ひとりになって休憩できるつかの間には、彼らのことで頭がいっぱいになってはいたのだけど。

そんな状況だったので、報道の予測や想像、意図的な悪意に紛らわされることなく、彼らの言葉を真に受け止められた気がしてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなにもテレビの中の人に愛おしさを感じたのは彼らがはじめてだ。

 

私は小学2年生だった。

現在は大学2年生が終わるところ。

彼らが区切るをつける頃は、社会人としての歩みを目の前にしているような時期だ。

 

だから、私は社会人になる準備と同時に、彼らなしでも生活していける準備をしないといけない。そう思いました。

 

 

でも、そもそも彼らなしで生きていた頃のことを覚えていないので、そんなことが可能なのかどうかもイマイチわからない。

中学生の時に、彼らにのめり込みすぎて、その存在を失うのが怖くなった。

その時から、他の人にも興味を持とうと意識的に外の世界を見るようになった。

その結果DD女子大生が生まれたが、その効果はあまりなった。

 

 

 

彼らの代わりになんて、誰もなってやくれなかった。

 

 

いや、私が、彼らの代わりに誰かを置くことなんてできなかったんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

この1週間、毎日のように彼らは何かしらを発信してくれた。

 

発表、会見、レギュラー番組、個人の番組、ブログ、音楽番組。

 

とんでもなかった。

悲しみの原因なのに、その悲しみを拭ってくれるのも彼らという摩訶不思議な現象が怒っていた。だから、笑いながら号泣した1週間だった。

 

彼らの言葉には、血が通っていて、本当に考え、話し合い、全員が納得し、同じ方向を向いていることが、彼らの言葉、表情から伝わってきた。

信じてきて良かったな、そう思うことはこれまでにも何度もあったけど、更に強くそう思いました。

 

 

 

会見の様子が見飽きるほど色んな番組で流され、私のバイト先には報道記者が来て彼らの決断に対するインタビューしていた。

こんなに彼らが異様なほどに取り上げられ、持ち上げられ、ネタにされ、褒められ、誰だかよく知らない人に語られ、、、、このおかしな状況にもう懲り懲りだ。もう沢山だ。

 

私は、彼らの言葉、姿、それだけでいい。

別の人の解説は挟まなくていい。

 

彼ら、彼らを支え続けたスタッフさん、彼らの周りにずっといたファン、それだけで満ち足りる空間で、そっとしておいて欲しい。そんなことをしばしば思ったりもした。

 

まあ、彼らの影響力を考えたら、そんなこと言えないんだけどね。そんなことは分かってるけど、しゃしゃり出てこないで欲しいって思っちゃうし、必要以上に煽られてる気がして、うわあ・・・ってなる。

 

 

 

 

そんな要らないこと、考えても仕方ないことを書いてると、ほらまた時間が過ぎていくんだな。

 

2年ってあっという間だと思う。

今年はアニバーサリーだし、来年はラストイヤーだからって、ずっと盛り沢山でお祭り状態なんだろうな。その早い勢いに置いていかれないようにしないと。

 

翌日はずっと過去を振り返って号泣してたんだけど、よく考えたらこんなことは2年後でも出来る訳で、じゃあ今何しようってなったら、もうそれは今現在の彼らにしがみついて一瞬足りとも置いていかれないようにすることだな〜と。あ、これ、1週間考えた結論ね。”過去をそっと抱きしめる”にはまだ早い。まだ、車輪は廻りはじめてない。

 

 

でもね、10年以上彼らの姿を一心に追ってきたつもりだから、私。彼らが私たちを置いていくことはしないのは十分わかってる。でも、それでも、彼らに必死にしがみついていたい、そんな心境です。だって、2年も経ったらしがみつくことすら出来なくなってしまうのだから。後悔しないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この前の金曜日、彼らが歌ってくれた優しい歌を聴きながら、色んなこと思ったなあ。

歌い出しの

”移ろいゆく風景の中 ずっと大切な人 触れるたび かけがえのない想い出くれた”

 

ああ、私にとってこれ、紛れもなく、嵐じゃん。

 

小学校、中学校、高校、大学、それぞれの場所で色んな人に出会って、私も随分と大人になってきたと思うけど、その期間いつもそばにいて、不安なとき安心させてくれて、楽しいときも盛り上げてくれたのは嵐だなあって。

 

苦しい時に聴くのはいつも嵐の曲だった。身に染みて泣きながら帰った夜もあったっけ。本当に優しくてあったかいんだ。優しさと愛で包み込んで、私の心を落ち着かせてくれる、精神安定剤だった。

 

もちろん楽しいときも明るい曲が多い嵐だから、もっと楽しさをくれた。というよりも、楽しいの要因は嵐そのものなことが多かったかな。嵐と共に色んな景色を見て、そこで沢山想い出を作ったなあ。高校時代に心許せる親友ができたのも、嵐という繋がりがあってこそだった。

 

 

 

 

 

 

 

2年経ったその瞬間から、きっと、時間も距離も飛び越えて、嵐にまた会いたくなる。

 

そんなの寂し過ぎて、想像だけでも涙が溢れそうになってしまうけれど、ここまでずっと信じ続けた嵐だ。彼らの言葉をこれからも追い続けて生きていきたいし、2020が終わるまでは全力でしがみつき、それ以降は過去をそっと抱きしめながら、いつか笑ってまた再会できる日を、同じ夢を見ながら、生きていこう。そう決めました。

 

 

 

 

嵐って10年前くらいからは特に、大多数に向けた事が多かった。世の中が彼らを求めていた。

でも、これからの2年は、私の最愛の彼の言葉を借りるなら、”必ず見てくれているあなた ”に向けたことが、これまで以上に増えていくような気がしてます。それ以上に世間が求めていくだろうから、どうなるかはわからないけど。

 

でもこの前の感謝カンゲキ雨嵐じゃないけど、こう、グッと絆が深まっていくんだろうなという気がしているというか、私的にはもうなんか更に嵐を想い、信じる気持ちが強くなった今回の決断だったから。

 

 

全身全霊、彼の姿を、言葉を、声を、この目で、この耳で、この身で、受け止めていきたいとそう思います。

 

 

 

2019年2月4日午後18時頃、溢れ出た言葉を連ねていきました。

文脈は気にしないでください。